母が病気になる前、父は母に対して毎日きつくあたっていました。
食事の味付け・食感・食費のことなど、非常に神経質で、一気に食卓の雰囲気が悪くなり
楽しいはずの夕食がいつも苦痛だったのを覚えています。
母もそれに対して反論もせず、じっと耐えて我慢していたのでした。
いつも酒飲みの父だけ特別メニューでもありました。
そんな父も自ら調理に携わることになり、母に気遣いリクエストを聞きます。
すると母は、以前父だけが口にしていた特別メニューをリクエストするのです。
きっと本当は自分も食べたかったのに、ずっと遠慮して我慢をしていたのでしょうね。
父は、「そうやったんか。欲しかったら何で言うてくれへんかってん。」
と言いながら、母にご馳走を作っていました。そして、お酒を一滴も呑まなかった人が、
嗜む程度ですが呑むようにもなりました。
ある日父が外出している隙に焼酎を盗み飲みしたらしく、父が帰宅するとひっくり返っていたそうです(笑)
おしんのように耐えて生きて来た人生から脱却し、ここに来て自己主張ができる人生へと変換を遂げたのでした。
もし、この大病を患っていなければ、母は好きな食事をすることも、
お酒の楽しみを味わうこともできなかったのかと思うと複雑な心境です。
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認知症〜散歩が日課。しかし、帰宅できない日がしばしば‥