結局その晩、兄弟3人が病院に残ることになりました。
待合室のソファーで休みながら母の容態を気遣います。
日付が変わりました。父の77回目の誕生日です。
おめでたいはずの喜寿が、こんな形で迎えることになるとは・・・
父は今頃、一人寂しく布団の中で、母の安否を気遣っているのでしょう。
夜が明けました。母の容態は平行線をたどっています。
長期戦を覚悟の上、兄弟でローテーションを組むことにしました。
ここで思いました。あぁ、兄弟がいて良かった。
一人では、心身共に持たなかっただろうと。
改めて、両親に感謝の念を抱きました。
そして・・・親族のパワーを吸収したのか、母は何とか持ち堪えています。
予断を許さない状態は続きますが、しっかり生き続けています。
ここまで来ると、人間の域を超えた何かを感じます。
一方で、父はショックからか、緑内障が更に悪化し、筋力も一層衰え、
自宅での訪問介護では生活が困難になり、施設の入所を申請します。
しかし、施設の部屋には空きがなく、入所待ちの状態。
しばらくして、ケアマネージャーさんの配慮で、
一時的に病院で面倒を見てもらえることになったのです。
そして父は、母と同じ病院の同じフロアに入院することになりました。
きっと母が呼び寄せたに違いありません。
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最期〜私を待ってくれていた母